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一般社団法人 香川県建築士会
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建築士会コラム

年頭の挨拶 (一社)香川県建築士会 会長 遠藤孝司

初春のお喜びを申し上げます。
令和三年の新年、明けましておめでとうございます。会員の皆様も華々しくも穏やかな初春を迎えられた事と思いますが、皆様年明けはいかがお過ごしでしょうか! 今年は、少し様子が異なりますね。                            
昨年のお正月は「オリンピックイヤー」で、オリンピック関連施設の話題もあって、華やかな趣きがありました。今年は菅首相が「落ち着いた年明けを迎えることが出来るように・・・」と年末年始の「Go To トラベル事業 全国一時停止」を昨年末に決定し、飲食店等の営業時間の短縮の意向を示し、忘年会、新年会など自粛ムードが一気に高まりました。

その様な中、(公社)日本建築士会連合会は国交省と協議し、既存住宅状況調査技術者の「更新講習」をオンラインにて実施することにしました。本人確認に問題があるとして、新規講習はオンラインでは受講出来ませんが、更新講習は自宅で受講できる事になりました。「姉歯事件」と同様に「コロナ」は世の中の仕組み、文化をも急速に変えているようです。

香川士会でも、各委員会の開催などをオンラインで開催できるよう、連合会からの補助も有り、環境整備としてOA機器など整えました。密にならないような会議スタイルをと考えています。(フェース To フェースの会議も大事です・・・けどね。)

令和2年3月1日に「改正建築士法」が施行されています。主に、建築士の資格制度の改善に関する改正で、昨年の建築士試験より適用されています。現在の建築士の年齢構成は60歳以上の資格保有者が半数を大きく超えており、高齢化が進んでいます。平成17年に発生した「姉歯事件」以来、受験資格である実務経験の業種を厳格化した事も有り、年々受験申込者の減少傾向が続いていました。大学の建築学科を卒業しても直ちに受験できない、一旦就業すると業務に追われて受験準備の時間が十二分に取れないなど、受験機会の早期化など「資格取得のための改善策」を連合会で、意識調査を踏まえ検討してまいりました。学科試験・設計製図試験合格後、すなわち免許登録時に実務経験を課す事に、士法を改正したことにより、昨年の一級建築士学科試験の受験者は直近5年間で初めて3万人を超え、改正建築士法の効果が出たのではないかと思います。最終的な合格者の集計は、この原稿の記述中には分かりませんが、学科の合格者のうち若人者の割合が高まったようです。合格者の平均年齢は30.3歳でした。従来より2.5歳下がった事になります。これからも、施工系人材における一級建築士の必要性、建築士の法的優位性の改善に向けて努力したいと考えています。

最後に私事で恐れ入りますが、平成26年5月に香川県建築士会の会長に就任し、11月に黄綬褒章に浴しました。昨年の11月3日に旭日小綬章の栄誉に浴し、身に余る光栄に感激致しております。これも長年、建築士会でお世話になり会員の皆様のご協力とご支援が有ったからこそと思っています。これからもご指導の程宜しくお願いします。

コロナ禍はしばらく続くと思われます。会員の皆様に於いては健康に留意しますようお願い致しましてお礼と年頭の挨拶と致します。       

令和3年 正月  

役員リレーコラム「勧酒」 西讃支部理事 西山秀樹

コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミトツガシテオクレ
ハナニアラシノ
タトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
 
中国の詩人・于武陵が詠んだ漢詩『歓酒』を小説家・井伏鱒二が訳したものです。初めてこの詩を知ったのは、20代前半だったと思いますが、過ぎ行く日々に流され、日常の生活や身の回りに疑問を感じることもありませんでした。

なので、当然この詩の意味も知ることなく、「宴会のススメ」的な文書としかとらえていませんでした。ですが、ふとしたきっかけでこの詩の意味を知ることとなり、以後私の中に深く残っています。
 
「サヨナラダケガ人生ダ」 
  →人生は別れがつきもの
「ハナニアラシノタトエモアルゾ」 
  →いつ、何がおこるかわからない
「コノサカズキヲ受ケテクレ・・・」
  →だから、そのとき一瞬の出会いを大切にする
 
文面が、『「サヨナラ」ダケガ人生ダ』で終わっているため、酒を煽って、ハイさよなら!そんな単純な捉えかたしかしていませんでした。文を逆からたどり、意味を説き解くと、ただの『お酒の勧め』的な詩が、『人との出会い』の大切さを説いた詩であり、勝手な解釈をしていた自分が恥ずかしくなりました。

普段の生活では、分かりやすい言葉や表現のなかに埋れた生活をしており、原文のニュアンスを残した少ない言葉のなかに、詩の『思い』を最大限に表現したこの訳に感動しました。

私自身は、ひととのコミュニケーションにおいて、話の流れに任せた相槌は打っているものの、内容が頭に残っていないことがよくあります。これは、そもそも理解することをやめているのではないかという気がします。いまひとつ、自分が発するコトバを、最小限にそぎ落とし『意味』や『思い』を込めて、気持ちを伝える、また、相手の発した言葉から真意をくみ取るコミュニケーションを目指したいと思います。
 
さて、ここで紹介した井伏鱒二の代表作として「黒い雨」があります。今村昌平氏により映画化もされた作品です。原爆投下後の広島を舞台に、風評被害により人生を翻弄された夫婦と姪の物語です。

東日本大震災においても、被災された方に追い討ちをかけるような風評被害が見られましたが、苦境や我慢を強いられたとき、日本人の忍耐力や団結力を強く感じる一方で、独りよがりな正義感から同調圧力や群衆心理が作り出されて、思わぬ方向へ向かうこともよくあります。昨今の新型コロナウィルスへの偏見も同様です。感染は特別なことではない、誰しもがありうることなのですが、どうしても警戒感が強くなります。

例年であれば、酒宴の席が多くなる時期ですが、皆さんどうするべきか苦慮している方も多いと思います。しっかりと対策をとったうえで、「コノサカズキヲ受ケテクレ」「サヨナラダケガ人生ダ」です。私は、その瞬間の出会いを大切にしたいと思います。
 

役員リレーコラム「便利さと豊かさ」 広報編集委員会副委員長 松浦仁郎

先日、住宅のプランを考えているとき、ふと子供の頃に住んでいた家を思いだしました。設計の仕事をするようになってちゃんと意識したのは初めてかもしれません。そこはRC造2F建ての小さな5軒並びの長屋でした。間取りは1階に6畳×4室の田の字型プランで2つが木造で増築されたもの。2階は6畳ふたつ分の広さです。ここに家族5人で暮らしていました。1階の1/4に玄関とトイレ、階段があり、1/4は居間兼両親の寝室、1/4は木造の台所、残りの1/4は木造の土間空間で小さなユニットバスと洗濯機置き場と倉庫を兼ねていて屋根は半透明の波板でした。2階は6畳の子供部屋と階段を挟んで4畳の子供部屋です。当時の記憶を頼りに間取りを描いてみると、土間の部分も含めて60㎡にも満たない家です。しかし、少年時代の僕は特に不便だった記憶がありません。

それはなぜかと考えてみると、1階の1/4にあたる土間空間があったからだと思います。そこは半屋外的空間で屋根からは光が降り注ぎ、雨が降ればパラパラと音がして、夏は暑く、冬は寒かったはずです。そこにはむき出しの小さなユニットバスや洗濯機があり、倉庫も兼ねていました。物干し場所でもあり勝手口もありました。いろんな役割を兼ねていて名前を付けられない空間です。外なのか中なのかわからない、家の中で一番明るい場所でした。当時少年だった僕はそこに強烈な何かを感じていたと思います。

設計をしている今の感覚で言うと、一番明るい土間空間と暗い居間兼寝室の明暗、堅いコンクリートと仮設的な木造のコントラスト、それらが6畳の反復するプランの中に混在して、小さな家に多様さと奥行きを生んでいたんだと思います。僕が子供だったこともありますが、それが60㎡の家でも不便だと感じなかった理由かなと思います。お世辞にも便利な家だったとは言いませんし、両親にしてみれば不便を感じていたかもしれません。でも、あれは豊かな空間だったなと思います。

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 今、PinterestやInstagramなどで住宅のイメージを探せばいくらでも溢れています。ほとんどの人がそれを持ってきてこんな感じがいいですと見せてくれます。こっちもいいんです。これのこの部分がいいなど…。イメージは参考にさせていただきますが、その通りにプランすることはありません。それをつなぎ合わせても残念ながらいい家はできないからです。たいていの人は、そのイメージを本当には理解できていないからです。情報が簡単に手に入るという便利さは同時に、情報が多すぎて迷子になるという不便さと、自分で想像するという思考を奪っています。

僕はいつも、「人の暮らしは自由で豊かなもの」だと思っています。決してひとくくりのパターンに押し込むことができません。だからプランもその人に合うように自由な発想で考えるのが普通だと思っています。なるべく家とはこういうものだという、思い込みをしないように心掛けています。人が自由に暮らす場所を家と呼んでいるだけだと。10家族いれば、10通りの暮らしがあるのが本来の姿ではないでしょうか? ある人にとって便利なことは別の誰かにはいらないものだったり、逆に不便なことだったりするのです。

便利さや機能は大切ですが決して最優先ではないのです。例えば便利だからと言って収納を増やすと、いらないものまで買って物が増えてしまい、少なければ本当に必要なものは何かを考えて物を買うようになるというように。便利さや機能性だけを追求してもそれは豊かさとは限らないのです。その行き着く先はワンルームの部屋の中にトイレや浴室、キッチンなど全てがある家になってしまいます。それは本当に豊かなことかな?と思います。

その家に愛着を持てるか、そこで自由に暮らせるかのほうが大事ではないでしょうか。愛着のあるものは大切に使いますし、少し不便で面倒でも「かわいいヤツだな」と思いながらちゃんと手入れをします。その人が愛着を持ち、自分らしく活き活きと豊かに暮らしていけるためのプランを考えて提案しながら、一緒にそれをみつけることが設計者の役割だと思います。

便利さと豊かさは必ずしも同じではなく、むしろ不便の近くに豊かさはあるのかもしれない。それを子供の頃の暮らしの中で、体感的に記憶していたのだと思いました。便利になっていく世の中で、そんなことを考えながら今日もプランを考えています。

役員リレーコラム「私の先生-My teacher」高松支部理事 井藁実香

役員リレーコラム「私の先生-My teacher」
高松支部 理事 井藁 実香

 
「私の趣味は旅行です。海外旅行です。世界中の建築を見に行くことが夢です。」私は趣味を聞かれると、カッコイイので、こう答えるように決めています。
ただし私の英語能力は中学生以下。今でいう小学生以下です。なので、海外に行くと「Hello!  Thank you Yes. No.」くらいで後は困った顔をして日本語で話し続けるというのがお決まりのパターンでした。そしていつもツアー旅行を選んでいたので、そもそも困ることはなかったのです。でもこのままでは夢を叶えられない。「英語を話せたらな。」ずっと思っていました。

きっかけは建築士会の研修旅行でした。今回の旅は特別で、英語が話せたらもっと色々なことが知れたのではないか。親切にしてくれた人に自分の言葉でお礼を言えたのに。そして話せることはカッコイイ!と帰国してから本気で思う旅になりました。よし、英語習おう!そう心に決めました。

そう考えていると突然チャンスがやってきました。会社で英語塾ができたのです。その名も『DOCO?塾』しかも、無料!なんてラッキーなの。さっそく参加しました。
塾当日ワクワクして参加しました。そして私は先生と出逢ったのです。先生の名は「Mr.HATA」、何十年も色々な国でお仕事をされてきた方でした。授業中は役職関係なくみんな名前で呼び合います。私は「MIKA」これがマナーなのです。

一通り自己紹介が終わり、いきなり、先生「道を聞いてみて。」私「え?話す?何を?私、英語話せない。」先生「黙らず何か発しなさい。」「今、旅行中だとして、困っていても黙っていたら誰も助けてくれないよ。何か話しなさい。」そうだけど… ぇえ!聞く? 一言もでてこない。。。恐怖。。。タダより高いものはない。。。こうして毎週月曜日恐怖のDOCO?塾は始まりました。

それから、2年ほど経ちましたが私は残念ながら少しは聞き取りができる程度です。ただ、ひたすら英語で話しかけられても動じないという根性だけはつきました。先生は相変わらずのスパルタで、「MIKA!考えなさい!」「MIKA!努力しなさい!」「今、世界で何が起こっているのか知りなさい!」と毎週

役員リレーコラム「選択できる時代」中讃支部理事 綾 崇平

コロナ渦の中、外出自粛に伴い自宅で過ごす時間が増えています。皆さんもこの機会に色々な事を始めたり、昔の趣味を再開したりしたのではないでしょうか。私も自宅で出来る事はないかと考えていたところ、気が付けばyoutubeを食い入るように見ていました。

最初は軽い気持ちで趣味のゴルフレッスン動画を見ていましたが、余りにも動画数が多く、プロゴルファーや元プロゴルファー、レッスンプロのほか、聞いたこともない一般人も動画をアップしていて、その中身も三者三様で驚きました。

思い返せば私がゴルフを始めた30年前は腰を回せ、インサイドから振れ、ダウンプローに打てと教わってきました。もちろん今でもそう教えている動画はたくさんあります。しかし中には肩を回すな、腰を回すな、アッパーに打て、など真逆の理論のものが増えてきています。私はそれらの動画を見ていったいどれが正しくて、どれが間違いなのかを少し考えてみました。そして自分なりに色々調べてみた結果、ゴルフスイングにも和式と洋式があるのです。昔は日本人といえば小柄でパワーが無く、日本人に合うようにスイングは作られてきました。それが道具の進化とともに体格も変化してきたことで、スイングそのものも進化してきました。ただ、それは洋式とは少し異なるようです。

今回、自分なりにたどり着いた結論としてゴルフスイング1つとっても正解などないということです。自分にどのスイング理論が合っているのか、また信じられるのかは自分で決めればいいのです。それぞれ体格も違い、筋力も違う中で個人の個性を活かせるものを選択することが適切なのではないでしょうか。

ゴルフレッスン動画以外もたくさん見ました。政治的なものから経済的なものなど、そのほとんどはテレビや新聞などでは取り上げられることのない情報で溢れていました。ただそういったこともあり、どれもが大変興味深く、また新鮮でおもしろく感じました。

現在、ネットやSNSなどから数多くの情報が自由に得られます。その中で一体何が正しいのか、また何が自分にとって必要なのかを自分自身で考えることが大切なのだと思います。テレビや新聞など一般的に目にする媒体とネットなどの情報の違いは、公と私の違いであり、ネットなどの情報は不特定の人へ自分の思いをそのままに表現していることです。優しい表現で包んだりせず、周りの反応がこうなるだろうということを考えずに言葉にしている様に見受けられます。匿名性の高いネット上の情報というのは、信ぴょう性に欠けるものも多く、自分自身で判断しなければなりません。時に人の命をも奪ってしまうような情報も平然と流れています。

最近では、コロナの影響でたくさんの情報がメディアをはじめネット上に氾濫したのは記憶に新しいことと思います。それらの情報を信じた人たちでマスクや消毒液などの買い占めが起こり、本当に必要とする医療従事者や高齢者に行き届かない事態が発生しました。情報の中には、誤った情報や知りたくない情報などがたくさんあります。それらを目にすることもあると思いますが、その時に自分の中で取捨選択する力が必要なのだと思います。

ゴルフレッスンの動画のときにも話しましたが、多くの情報の中に正解というものはなくて、どの情報を自分が選択して仕事なり生活に当てはめていくかを決める時代なのだと思います。答え合わせは必要ではなく、それぞれが持っている答えを探すことが大事なのだと感じています。

古い時代の偏った情報を鵜呑みにしていた時より、自分で選択できる新しい時代の方がいい事だと思いますが。

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