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建築士会コラム

役員リレーコラム「四国遍路の魅力」総務委員長 詫間 正章

 檀家であるお寺の工事をした後、完成報告のため高野山に訪れる機会がありました。参詣するに当り、衣装等を用意するようにいわれたので、白衣(びゃくえ)、さんや袋、わげさ、納経帳は買い求め、金剛杖は母親のものを使用することにしました。これをきっかけにして我家の四国巡礼の旅が始まったのです。
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  四国遍路では霊場に参詣することを「打つ」といいますが、私達は足の向くまま、気の向くまま、車で巡るので「乱れ打ち」というようです。因みに、その他に「通し打ち」、「順打ち」、「逆打ち」とあり、「逆打ち」は昔は道に迷うといった苦労も多く、三倍のご利益があるといわれていたそうです。通し打ちで巡礼した場合は全長1100~1400kmの長い旅になります。現在私達は88箇寺の内、68箇寺を廻ったところです。廻る理由は、折角道具も揃えたし、四国もまだ行ってない所も沢山あるし、それから余暇の時間の過し方としては結構充実しているし、といったところでしょうか。両親の供養もあるのですが……。

 近年は随分四国遍路の人気が高いようで、中でも驚いたのは若い人、特に女性や外国人の多さです。その昔、若き空海は修験者として、その険しい道を巡ったわけですが、現代の「モダン遍路」は観光という側面も大きく、2015年にニューヨークタイムズが掲載した世界の観光地ベスト52のうちの35位にランクインされたそうです。一体何にそれ程の魅力があるのでしょうか?

 元来その目的は、先祖供養、病気平癒、また自らの宗教心を高めるために、といったところから、近年では、健康維持、余暇の充実、四国の自然を求めて歩くすがすがしさ、寺社建築への興味といった幅広いニーズの受け皿となっているようです。その中でも私は特に人との出会いが大きな魅力の一つと思っています。その一端を紹介します。

 60番横峰寺に参った時、この寺は車で15分程度急峻な山を登った所にあるのですが、若い外国人のカップルがいて、声を掛けたところ、ベニスからハネムーンに来て、1ヶ月かけて日本中を廻っている途中立ち寄ったとのことで、数日かけて歩き遍路で何箇寺も廻っていました。また、45番岩屋寺に参った時、ここは車で行っても30分程度徒歩で山登りの必要があるのですが、帰りのお茶屋で女子大生を車に乗せ次の寺に送ることになりました。彼女は韓国で電子工学を学ぶ学生で、休みを利用して、寝袋を持ってヒッチハイクをしながら88箇寺を廻っているのです。その後結局、後の3箇寺も一緒に廻り、道後の宿まで送ってあげましたが、もう数箇寺で結願(88箇寺全てを廻ること)するとのことでした。

 また友人に誘われ「お遍路バッハ」というコンサートに参加したこともあります。若き女性ピアニストが休日を利用して歩き遍路をしながら、バッハの全て異なった楽曲を88箇寺に奉納しているのです。彼女によると東日本大震災直後、音楽家として何ができるのかという模索から「お遍路バッハ」にたどりついたそうです。因みにピアノの鍵盤は88鍵なのです。元来、音楽は神に祈りを奉げるために生まれたものだそうで、彼女は今年5月に順打ち歩き遍路を結願したそうです。

 以上のように私にとっては、人との出会いが大きな魅力の一つとなっています。巡礼者をもてなす「お接待」の気持ちに接し、巡礼者同士の人間的な交流に始まる不思議なご縁をいただき、何か心地よい気持ちになれるのも「お大師様」の功徳のお蔭でしょうか。人それぞれの感じ方、巡り方、思いがあるのが四国遍路です。        

合掌

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役員リレーコラム「氏神様から頂いたご近所さんとの絆」副会長 白石 雄三

 私が現在住んでいる町の自治会名は天皇北自治会と称し概ね70世帯が当自治会に所属しています。35年程前に家内の実家の敷地内に自宅を建てこの地で暮らすようになったのですが、顔見知りも無く同じ班の10軒程の方々でも道で会っても挨拶を交わす程度で私自身は近所付き合いも殆どありませんでした。

 この地域は六条町にある三宮神社が氏神様で終戦直後からあった20の自治会が受ける「自治会陶屋」の習わしが有ります。若い会員の方は「陶屋」とは何ぞやと思われる方もおられるかと思うので末尾に説明を加える事として、我々の自治会は平成21年に陶屋の番が巡ってきました。その2年前、次の陶屋に携わる役員を神社に示す時に自治会長をしていた事で、詳しい事を知らない私が陶屋代表補佐をする事となり、自治会の多くの方々に協力をお願いする事となりました。そして一年間何とか無事に補佐役を務めたわけですが、一緒に苦労した近所の方々と親しく気さくな関係が出来たのです。
 
 ある時、神社行事の後、直会が終わり来賓がお帰りになった後での慰労の席で私に話かけてこられた方が、「私は博多山笠を一度観てみたいと思っている、白石さんは福岡の出身なら一度その祭りに連れて行ってくれないか」と相談受けました。それなら他の方にも声を掛けて計画をしましょうかと話がまとまり、平成23年7月に山笠見学を兼ね6名で行くことになりました。ワンボックス車で高松中央ICから運転を交代しながら九州福岡へ2泊3日の楽しい旅行となりました。

 この旅以降も2年に一度位は気の合う仲間で旅行をすることで意見がまとまり、以降の旅は25年に出雲から石見銀山へ、温泉津温泉で宿泊、翌日は津和野から萩を回り、湯田温泉に宿泊、帰りに安芸の宮島を参拝して高松へ世界遺産2か所をめぐる旅となりました。 
 27年は2泊3日で水郷柳川・熊本・別府の旅。
 29年は松山から大洲へ、鵜飼い見物が一つの目的でしたが前々日からの雨で肱川が増水し鵜飼いは中止となり残念でした。翌日は宇和島の町歩き、揚げたてのじゃこ天の味は格別でした。駅に戻り予土線の列車に乗車、出発するころには沢山の高校生達が乗り込み、前にいた彼らとの会話はとても清々しいひと時となり、県境を越え高知県に入ると眼下には清流四万十川がとうとうと水を湛えながらゆったりと流れています。窪川迄の2時間30分は期待通りでとても短く感じる旅になりました。

 旅行以外でも2か月に一度は近く(徒歩で行ける範囲)の居酒屋で酒宴を催すようになり、お酒が入ると遠慮会釈の無い会話が飛交い、互いの親密感がますます高まっているように思います。他にも、囲碁の集まりをするようになり、場所と飲み物の提供を頂いている方のご厚意で、月に2回片手にはお酒持ちながらもう片方で石を並べています。
 
 長々と取り留め無く書きましたが、この様な近所付合いが少なく無くなっていく昨今、一番身近に暮らす人達とのお付き合いの大切さや楽しさを知った様に思います。

解説:「陶屋」とは (※三宮神社ではこの字を使う)

「とうや」の制度は地域(神社)によりさまざまです。香川県だけの風習ではなく、形は違いますが日本のいたる処で古くから伝承されています。ここで紹介する陶屋はあくまでも六条町の三宮神社における習わしであり、異論を持たれる方もあると思いますが、ご容赦下さい。
 
 まず「とうや」に充てる字は音は同じであっても表記は県内において様々です、当屋・当家・頭屋等と記されています。役割としては、自治会が1年間(4月~翌年3月)、皆さんの協力にて務めます。それぞれの祭事では中心的な存在となり様々な仕事があります。
 
 昔は神様に収穫を感謝する意味も含め秋祭りは行われていました。氏子である地域の庄屋(大地主)様は名誉な事として陶屋を受け、そして掛かる費用を負担し、その小作人の方々の労力で氏神様を守っていたのでしょう。しかし戦後の農地改革で大地主は農地を手放し、一個人だけでは陶屋を受けがたく自治会(部落)が順番で務めるようになり、その自治会の中で陶屋となる家を決め、掛かる費用や労力も自治会で賄い部落陶屋を行うようになったのだと思います。

役員リレーコラム「地図を読む、そして旅に出る。」広報編集委員会副委員長 澤 隆之

私は子供のころから読書が苦手でした。ただ地図帳を開くと夢中になり時間が経つのを忘れるほどでした。現代はすごく便利になり、PC・スマホで電子地図を見ることができます。電子地図はデジタルデータを活用しての航空写真・画像・口コミ等、様々な情報を提供してくれます。しかし私が旅に出る時は紙の地図を持参します。車やバイクにもナビは搭載されていますが、それでは得られない情報が詰まっています。

自転車・交通機関・マイカーと年齢を重ねると共に移動手段も変わり行動範囲も広がりました。最近はバイクでのツーリングが移動手段となっています。目的地の途中で見つけたスポットに立ち寄るのに便利です。

バイクに乗ると、危険だとか言われます。夏は暑いし冬は寒い、雨の日は濡れ、風が強いときは流されます。まさに苦行です。どうしてそんなバイクに乗り続けるのかと思う時もあります。風を感じて走る、気ままな旅ができるなど、ひとつでもバイクに乗る理由があれば良いのです。ナビでは案内してくれないような酷(国)道や険(県)道を通ることもあります。国道439号(よさく)や香川徳島県道3号109峠などは難所として全国的に有名です。車では通行できないような脇道や峠越え、街中の路地裏散策など機動性が生かせます。

旅好きな人が必ずと言っていいほど目指す場所は最南端・最北端・最高地点等の端っこです。本土16端(本州・北海道・九州・四国の四端)のうち10カ所までは到達できました。また国土四端は択捉島・南鳥島・沖の鳥島など民間人が立入禁止の場所もあるので、到達可能な北海道の宗谷岬・納沙布岬、沖縄の与那国島・波照間島も訪れてみたいです。

道路標高日本一は乗鞍ですが一般車両は乗入禁止です。国道最高地点の志賀草津道路渋峠やJR鉄道最高地点の野辺山は訪れることができました。

また天守閣や神社仏閣など国宝や歴史的建造物も訪れることが多くなりました。現存12天守も11カ所訪れることができ、残るは弘前城のみです。戦国武将の相関関係など歴史と合わせて見るもののも面白いです。神話に出てくるような場所も興味をそそられます。

高千穂といえば天孫降臨の場所として有名ですが、九州には二カ所あります。天の岩戸も全国に十数カ所あります。それぞれの地で伝承を読むのも面白いです。

私が愛用している地図にはその地方のグルメ紹介も有ります。世界的に有名なガイドブックとは違う切り口での紹介です。また休憩がてらSAや道の駅で変わり種ソフトも食します。バッタソフトや牡蠣フライソフトは食べるのに躊躇しましたが、普通に美味しいです。

ガイドブックやパンフレットにある風景写真は晴天に撮られたものが多く、それを期待して行くと霧で何も見えなかったり、交通規制で近寄れなかったり。リベンジ案件として次回に期待します。地図や写真で見た目的地に辿り着き、そこに佇んで風と音とを感じてみる。ひと時でも贅沢な時間と空間を体感できれば、明日への活力となります。気力と体力が続く限り私の旅はまだまだ続きます。

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役員リレーコラム「出会い・学び」青年委員会副委員長 永島武昌

先月完成引き渡しをした瓦町の店舗内装工事での話をさせていただきます。

カウンター席のみの、決して大きくはない日本料理店ではあるものの、いろいろな要素を取り入れ空間構成を試みた現場となりました。特にお客様を出迎える大きな鉄の器に苔庭、その上部には銅管で造った木、そこから滴る水滴・・・。他にはない特別な空間をつくるために、作家さんにも協力していただきました。

非常にたいへんだった今回の現場・・・。予算と時間に余裕のない中、決して簡単ではなかった事柄を、熱い思いをもって一緒に悩み、答えを見つけてくれたたくさんの関わっていただいた人たちとの出会いにより、いろいろなことを学ぶことができました。

図面で描くのは数分でも、実際に造るとなったとき、どれだけ手間がかかるか(時には私に作業させてくれたり)を教えてくれた大工さん。無理難題を要求しているにも関わらず、常に向き合ってくれ「楽しい」と喜んでくれた作家さん。どんな状況でも、最年少の私を監理者として存在させてくれた設備屋さん。時間と予算に悩んでいたとき「大丈夫、私がなんとかします!」と言ってくれた現場監督さん。「この素敵な店で、おいしい食事を提供できるように一生懸命がんばります」と言ってくれたお施主さん。みなさんのそういった思いを受け、気づけば、私も現場でできることを探し率先し、業者さんに工具を借り、朝から深夜まで、ものづくりに携わらせていただきました。ものづくりのたいへんさ、業者さんの技術力にこれまでにない刺激を受けました。

これまでは、設計図を描き、そのとおりできているかの確認という仕事だったのですが、今回は自分も現場に入り、一緒にものづくりができたことで、普段自分が描いている図面への責任感を感じることができ、これからまた違った意識で図面と向き合えると思います。

工事期間2ヵ月という、あっという間の時間でしたが、私にとって特別な時間となりました。みなさんとの現場は終わってしまいましたが、今回のみなさんの思いから感じ、学んだことを、これからの業務にいかせていきたいと思います。

すべてゼロからつくりだしていったことで、造り手ひとりひとりの顔がわかる・・・。それが、これからこの空間を育てていくお施主さんにも伝わり、時間とともに他にはない特別な力のある空間となることで、来店されるお客様を豊かに迎えてくれるとでしょう。本当にすばらしいメンバーが集まり、みんなが一つになれた・・・。そしてそこに自分も参加できたことが、自分にとって特別なものになったと感じます。

これからも、新しい出会いを迎える気持ちを持つことで、素敵な時間をつくるきっかけとなり、自分も成長できるということを、信じることができた出会いであったと思います。

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役員リレーコラム「趣味のこと」女性委員会副委員長 藤本たみ

趣味には自己表現の側面と自己満足の側面がありますが、自己表現側は実績を重視され、何年取り組んだか、本が書けるほどの知識量を求められます。考えすぎかもしれませんが、最近の「趣味は何ですか?」という質問の趣味とは「セミプロと言えるくらいストイックに取り組んでいる仕事以外のこと」を聞かれているようで、そのハードルの高さに閉口してしまいます。問い詰められると困るので、質問には趣味はありませんと避けてしまいますが、世間には趣味難民という言葉があるくらいなので、同じく実績の伴わない趣味を持つ方も少なくないのではないでしょうか。陶芸、ヨガ、着付け、女性は必ず通る道のようです。多分に漏れず、一通り経験済みです。

病的な飽き性で一つを突き詰めることができず、その時の興味の赴くままに首を突っ込む完全自己満足型のわたしは自分を表現する術がありませんが、比較的好んでいるハレの日の過ごし方を紹介します。

旅行と美術館が好きで、旅行に出るときは必ずその地域にある美術館を訪れます。単純に非日常的な時間の経過、雰囲気に身を置くことで「ケ」をしめるケジメの行為として好んでいます。

今わたしの興味の対象になっているのは藤田嗣治氏です。学生時代に描いている自画像は好青年ですが、パリに渡ってからの写真を見ると、コメディアンでもしてたのかと疑う姿をしています。実際、「本当の孤独は人間を駄目にする」と道化のような振る舞いをして自分の居場所を築いてきたようで、フランスでは高い評価をうけた画家です。

自己の仕事に懸命に励めばそれが国の為になるという思想を持っているにも関わらず、その当時の日本では評価されず、後に帰化してフランス人となりましたが、「どこまでも日本人として完成すべく努力したい」「私は世界に日本人として生きたいと願う」と残し、日本人であることを強く意識しています。5回もした結婚、フランスでの交友関係、世界大戦という時代背景の中でまっとうした画家という職業、画家の人生背景を知ってから見る絵はまた違った印象を持ちます。描かれる人物画の線の繊細さや柔らかさからくる印象では傷つきやすく繊細な人柄が伺えます。その姿や振る舞いから誤解された人物像で伝えられていることが多かったようですが、よく酒場で騒いでいたが実は下戸であり、仕事はきっちり終えてから酒場に繰り出していたのだそうです。絵の制作にはまじめに取り組んでおり、キャンバスを自作する拘りにより「乳白色の肌」を生み出します。両極端な真面目さと不真面目さが同居している人物像にも興味をそそります。無理して真面目に不真面目を振る舞っているようで、寂しさを感じてしまいます。

今年は没後50年ということで、東京都美術館で大規模な回顧展が開かれます。8月までにもう少し、藤田嗣治という人物について造詣を深めてみようと思います。美術館巡りの実績が増え、堂々と趣味と言える日も来るでしょうか。

今回、仕事で関わった美容師さんが自身の店の内装をDIYするのですが「藤田嗣治の世界を表現したい」という話からこの画家に興味を持ちました。誰かの感性を通して表現されるものが、どんな世界になるのかもまた楽しみです。

非常に無知なわたしは、ありがたいことに仕事や建築士会の活動で多くの方に出会い、刺激を受ける日々を送っています。日常生活で出会うものに興味を持ち、めぐりあわせを楽しんでのらりくらりと暮らしていくのもよいものです。

最後に、画家の残したこんな言葉も紹介します。「四十はまだ青年だ。私の前途もこれからだ」(地を泳ぐ)

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