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一般社団法人 香川県建築士会
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建築士会コラム

役員リレーコラム「住宅づくり人生、今思うこと。」東讃支部 理事 吉田 健二

-生い立ちから学生の頃-
私の父は木工事を主とする建設業を営んでいた。家と会社が隣り合わせだったので、幼いころから父の仕事を見て育った私にとって将来の夢は大工になることであった。木切れはたくさんあったので大工さんの道具を黙って持ち出しはおもちゃのように遊んでいた。傷も絶えず幼いころにできた手の数カ所の傷跡は勲章のようなもの。

モノづくりが好きで建築にも興味があったので、大学も一切迷うことなく建築学を専攻した。学生の頃は旅行が好きで、日本各地の街並みや建物を見て廻った。私の建築人生の礎はこの頃までに築かれたのだと思っている。

-住宅づくりに携わって35年-
大学を卒業して地元の設計事務所に就職して今の会社の入社したのが28歳の時だった。その当時は住宅より非木造のビル建築などを目指そうと思っていた。ただ小さな建設会社では大きな仕事がどんどんあるわけでなく受注競争も厳しく、将来を考えると自社の強みである木工技術を生かした住宅建築を主とした経営が一番であると考えるようになった。

今まで300棟を超える住宅の設計や施工に携わってきた。住宅建築は本当に奥が深い。店舗や事務所、公共建築とは違い住宅は「人」との関りが深い。家族のご要望を聞き取り、安心・健康からライフスタイルや価値観まで共有しないといいものができない。建築士としてはデザインや性能といったハードの部分を重視しがちだが、暮らし方や人生観までも考慮しなければならない。そこから生まれる「家族の幸せ」まで描けないと住宅建築のプロとしての仕事ではないと思っている。

-好きこそものの上手なれ-
アップルコンピュータ創業者のスティーブ・ジョブズの言葉に「私は、本当に好きな物事しか続けられないと確信している。何が好きなのかを探しなさい。あなたの仕事にも、恋人にも。」私は住宅づくりが好きである。好きだからどんなに時間を掛けても苦痛でないし、何度プランの変更があってもとことんやる。 それはいいものを作る過程なのだから、近道もあれば回り道もある。それもまた楽しいと思える。だから今まで住宅建築を続けてこれたのだと思う。金儲けの手段としての住宅建築であればどこかで諦めていたかもしれない。

私は個々の住宅が完成するたびに必ず「お引渡式」を実施する。お互い感謝の気持ちを伝え、出会いから今までを振り返る。時には涙ぐむ場面もある。まさに感動の家づくりのクライマックスである。毎回この場面に立ち会うたびにこの仕事をやってよかったと痛感する。

-これからの家づくりについて思うこと-
日本の住宅は昔から「棟梁」と呼ばれる親方大工によって作られてきた歴史がある。棟梁は地域の気候、風土、慣習、家族のことを知り尽くした上で住宅を造ってきた。最近は個人の大工が請負う住宅がほとんど無くなった。その大きな要因は建築主ニーズの多様化と社会背景に変化であろう。特に国の住宅施策が大きく変化してきた。それにつれ、最近は量産型工業化住宅が多くなってきた。規格品を使ってコストダウンや生産性を上げる手法を全面的に否定するつもりはないが、全国どこへ行っても同じような住宅が建っているのは少し寂しい気持である。

私は以前から、地域の住宅は、地域ビルダーによって建てられるべきだと言い続けている。最近住宅に係る法令や基準、また住宅品質の確保など難しくなってきた。2030年には新築着工数は現在の2/3になると予測されている。これは逆風でなく革新のチャンスだと思う。建築主に寄り添い手間と想いを込めて一軒一軒大切に心を込めてつくるのが地域ビルダーの本来の姿である。その原点に立ち返り革新し続けることこそが、地域ビルダーがたくましく生き残っていく道筋であると思っている。

-連携・協業で新しい価値が生まれる-
住宅に携わる設計者であれ施工者であれ、ある意味ライバルである。でもそのライバルが最大の味方になればどうなるだろうか。量産型住宅メーカーと対等以上に優位に立てるのではないかと時々考える。地場工務店同士、地場工務店と建築設計事務所とのコラボレーション、関連異業種との連携など方法は多々ある。我々には香川県建築士会という組織がある。設計関係、住宅施工関係の会員がいる。会員同士でグループを作り、グループ内で技術向上のための勉強会 販売促進活動ができれば、香川の住宅づくりがもっと魅力的になるのではないかと思うのである。

役員リレーコラム「自分の働き方改革?」西讃支部 理事 中西貴雄

みなさん、ストレスからどう向き合っていますか? 日頃から仕事もそうですが、仕事以外でも何かとストレスが溜まり、心と体のバランスが崩れてきていることが、最近特に目立ってきました。両親の高齢化に伴い、業務も今まで以上に負担になり、日々頭の中で色々な事を考えていて、気がついたら何をしていても楽しめない自分がいました。業務にも支障をきたしてきましたので、友人や身近な方々にストレス解消法を聞いてみました。
 
やはり一番多かったのは、お酒でした。一人で楽しむ方もいますが、大半は、友人らとお酒を酌み交わす事でした。続いて旅行や、ショッピング、趣味を楽しむ、また奥様との映画鑑賞等、様々な意見を聴きました。自分が出来る事は何かと考えたところ、お酒はあまり飲みません。誘われたら飲みに行く程度で、自分から好んで飲みに行くタイプではありません。

続いて旅行ですが、自分で計画しても良いのですが、どうしても仕事優先が染みついていて、何かあったら・・・と、計画を自分自身がブレーキをかけてしまいます。しかしながら、よくよく考えたら建築士会で青年部も旅行を計画していますし、親会でも全国大会があります。他の会でもありますし、今更ながら、このような行事は若い頃だと、義務みたいな考え方だったと思いますが、今の自分にとってはストレス解消になるし、行ってしまえばもう後は帰ってからの対応と腹もくくれます。また、ドタキャンは迷惑をかけてしまいますので、一旦エントリーしたら、なおさら無理やり行かなくてはとの考えにかわります。そういえば以前の自分は多忙の中、旅行も行っていたなぁと思い出しました。今振り返ると、それがストレス解消になっていたんだなと改めて思いました。

今年は西讃支部の事務局もしていて、全国大会にも参加しますので楽しみにしています。また、疎遠になっていた高校時代の友人と久しぶりに会う機会があり、積極的に会う計画をしました。趣味のキャンプも復活させます。また、地元の友人からバイクも勧められ、思わず買っちゃいまいた。20数年ぶりにライダーとして復活しました。バイクは全く乗る気がなかったのですが、いざ現物を見ると若い頃に乗っていたバイクだったので、懐かしくなり、反面乗れるだろうか?との不安もありました。危険と背中合わせだし・・・。しかしながらいざ乗ると、アクセルやらブレーキやら、ウインカー、クラッチと忙しく、他の事を考える余裕がありません。車と違って、ローテクマシンなので運転するにも一苦労です。そうすることによって、頭から仕事が抜けて、なんとなく解放された気分になりました。しかも、ちょっと走る程度でも同じ効果なので、最近、友人と四国内をうろうろしています。観光名所や神社・仏閣等々も見学し再発見もあります。

やはり心が健康でなければ、仕事も他の事もうまく行かないと気づきました。趣味や遊びを通して楽しみながら生活を送らないといい仕事もできないとも気づきました。その分仕事が遅くなりますが、働き方改革ではないですが、今頃になって、自分の働き方を改めて見直すきっかけになりました。

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役員リレーコラム「日々精進」西讃支部 理事 田中秀都

コラムの執筆にあたり、先の平成29年12月の京都での第60回建築士会全国大会において、私のような未熟者が身に余る栄誉、連合会会長表彰をいただいたことに、この誌面をお借りし御礼を申し上げたいと思います。遠藤会長様をはじめ、諸先輩の皆様、又士会各会員の皆様本当にありがとうございました。

さて、私は何を書こうかと頭を痛めながら、なかなかペンを取ることができませんでしたが、昔の事を思い出しながら進めることにします。
       
私が建築士会に入会した時は、正確には覚えていませんが、今から約35年程前と思います。当時はまだ資格は取得しておらず、準会員として入会しました。当時のことはリアルに頭の中に残っており、まだ私は現会社に入社して日も浅く、営業へ進むのか技術系に進むのかは方針も決めかねていた頃でした。高校の先輩でもあり、私方建設業者として建築工事も紹介していただいていた曽根建築設計事務所長の曽根昭一氏に入会を勧められ、公私ともにお世話になっている状況からすれば有無を言う間もなく、入会したと記憶しております。当然青年部にも席を置き、西讃支部総会、青年部会等にも顔を出すようになったのですが、当時は西讃支部には(たぶんどの地域でも同じだと思うが)そうそうたるメンバー、重鎮がドンと構えていたように思います。当然最初に行った支部総会では、私は最年少の一人だったはずです。でも多くの人に声をかけていただき、徐々に雰囲気に溶け込んでいけたことを、今思い出します。その後、準会員のままでは・・・との思いもあり、何とか建築士の資格も取ることができました。本当に士会に入会し、皆様と知り合いになることがなければ、今の私の存在、立場また資格取得もなかったかも!と思うと・・・、今度、曽根昭一先輩にお会いする時には、充分に御礼を言わないといけませんね。

また現在に至るまでは本部支部両方の行事や、委員会等にも参加させていただいき、西讃支部支部長を12年前に任命いただきました。士会本部においても、理事を何期か経験させていただくことにもなりました。本部総務委員会に所属していた期間が一番長かったのですが、表彰審査対象作品を委員会のメンバーと共に現地見学、審査に行けたことは私にとって非常に大きな財産にもなりましたし、レベルの高いすばらしい作品を見ることができたり、メンバーとの意見交換もできたり、本当にいい経験ができました。見学行程が西讃エリア集合から中讃、東讃、高松エリアへの移動が多かったのですが、車での道中でいろいろな建築に係る話や、ハプニングなど、本当に私にとって勉強になることばかりでした。士会及び士会員の皆様、関連した工事関係者の皆様、御施主様、お世話になったことは絶対に忘れてはなりませんね。
 
最後になりましたが、今回の原稿を書くにあたり、昔から今を思い出すことにより、士会で今まで知り合った皆様、これからの若い会員の皆様に対し、御礼奉公をし、足手まといにないようにがんばります。まだまだ精進しなくてはならないと思う今日この頃です。

役員リレーコラム「ベーハ小屋の讃岐」西讃支部 理事 菅 徹夫

「ベーハ小屋」という言葉を聞き慣れない方も多いと思います。ベーハ小屋とは漢字で書くと「米葉小屋」、アメリカ原産の煙草の葉を乾燥する小屋のことです。讃岐ではこの小屋を乾燥場とかカンソバと呼ばれることが多かったようです。ベーハ小屋という言葉が、はじめて世に出たと思われるのは写真家 北田英治氏が2005年10月に開催した写真展です。この写真展では栃木県益子のものがいくつか紹介されていますが、彼が益子で話をした農家のおばあちゃんがしきりに「ベーハ小屋」という呼称を使っていたのが始まりのようです。
 
そんなことも知らずに、2008年4月に大野原町でたまたま見つけた乾燥小屋を私のブログで紹介したところ、建築家の秋山東一氏から「これはベーハ小屋というものである」というコメントをいただいたのです。煙草の乾燥小屋の存在は、もっとずいぶん以前から知っておりましたが、当時ベーハ小屋の意味も知らなかった私は、この謎めいた呼称にも煽られて車の走行中にベーハ小屋探しをはじめることになったのです。すると、思っていた以上に「ベーハ小屋」が次から次へと見つかりはじめたのです。おもしろがって「ベーハ小屋研究会」なる団体を立ち上げ、メンバーで香川のベーハ小屋の捜索をはじめました。2~3年の間に県内で400以上(うち小豆島100棟以上)の小屋を見つけ出しました。これらを写真に納めWEB上に紹介していると全国に興味を持ってくれる人たちが現れ、今やベーハ小屋研究会のメンバーはWFB上で142名にも増えました。
 
ベーハ小屋は南は沖縄から北は岩手県まで全国に広く分布しています。研究会には様々な写真や情報が寄せられます。メンバーにはJTの広報を担当している方もおられ、そのメンバーによると当時全国で最もベーハ小屋が多く建てられたのは茨城県で約13,000棟、第二位が香川県で12,000棟ほどだったそうです。茨城県の面積は香川県の3倍以上ありますから、ため池と同様ベーハ小屋密度は香川県がずば抜けて日本一だったということになります。東京近郊の茨城県などとは違い、開発がさほど進んでいない香川は、今でも数多くのベーハ小屋が現存しており、その数はおそらく日本で最も多いと考えられます。
 
全国各地に今も散在しているベーハ小屋ですが、それぞれの地域でプロポーションや建築材料、構法も少しずつ異なっており興味深いものがあります。讃岐のものは日本瓦と黄土色の土壁に象徴され、小屋がため池やおむすび山とともに地域の風景をつくっています。讃岐らしい農村の原風景の一つの要素になっていると思います。雨風で崩れたり、解体されたりしてどんどんその数が減っていくベーハ小屋ですが地域の産業遺産としてどこかに保存すべきなのではないかと最近思い始めています。

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まんのう町黒川駅近く。
二つ並んだべーハ小屋を「夫婦窯(めおとがま)」と呼ぶ。


建築士会全国青年宣言『僕らが考える明日、10年後の建築士』全国委員長会議参加報告 青年委員長 中村一之

香川県内の青年層建築士(40歳以下の建築士 女性も含む)の会員数は約260名在籍しております。(事務局の窪村さんに数えて頂きましたm(__)m)青年委員会は、各支部に所属する青年層建築士の中から20名程度選出し、常設委員会としての業務を推進しております。

青年委員会の業務の内容は、各支部青年部会において地域実践活動の実施、建築士試験合格者セミナーの実施、連合会及び中四国ブロック青年建築士協議会主催事業の参加、2ケ月に1回委員会を開催し、本部からの報告事項及び各支部青年部会との連絡調整を行うようになっております。また、青年層建築士の活動の軸となっている地域実践活動については、各支部青年部会が中心となってポリテクカレッジ・工業高校座談会、若手建築家講演会を青年委員会共催で継続事業として実施しております。

連合会主催例年行事の一つとして47都道府県の青年委員長(副委員長、次期委員長候補者)が一堂に集まる全国青年委員長会議が例年3月に2日間にわたり開催されます。平成29年度は青年委員長候補として私が、平成30年度は副青年委員長である中讃支部の森さんが参加しました。

この2年間の会議テーマは『僕らが考える明日、10年後の建築士』と題し、青年委員会が「なぜ建築士会で頑張っているのか?」「なぜ建築士会でなきゃダメなのか?」を討論し建築士会の魅力を再認識し、10 年後の建築士会がどうあるべきかの姿(ビジョン)をまとめ、建築士会青年委員会における全国共通の行動計画(アクションプラン)を定めよう!という内容でした。

10年後の姿なんて想像もしたことないのでとても重たいテーマと感じましたが、会議を通じてまずは自分たちのアイデンティティを見直し、その魅力を言語化・可視化し、将来ありたい姿を描き、どのような言動・行動をするかを限られた時間で方針を定め、建築士会がより魅力的な団体となるためには、どのように実践、共有できるかを討論しました。

平成29年度ではビジョン(我々の存在目的、我々のアイデンティティ、我々の使命)を定め、平成30年度でアクションプラン(我々はどこへ行くのか)を決定しました。

まずは、この青年委員会理念を役員及び士会員の皆様に伝達し、青年層建築士の活動に理解していただき、さらなる発展を目指していきたいと思います。また青年層建築士会員の皆様で青年部会の存在を知らない方は、これを機に各支部青年部会に興味を持っていただけたら、活動に参加いただければ幸いです。

今年度の香川県青年委員会では、上記アクションプランについてどのような活動ができるか、行動計画を明確にして実行に移してみたいと思います。
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