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| ■香川県庁舎竣工50周年記念事業 藤森照信講演会「丹下健三と香川県庁舎」報告 |
| 高松支部青年部会 |
建築と芸術の聖地 香川。
その端緒となったのが、香川県庁舎。
戦後の復興のシンボルとなった香川県庁舎建設は、香川の豊かな土壌を築いた金子正則元知事が、丸亀中学の先輩 猪熊弦一郎より気鋭の建築家丹下健三の強い推薦を受け、県建築課の山本忠司と県出身の丹下研究室の浅田孝がふたりの出会いを設え、実現した。
道路沿いのピロティに支えられた議会棟から、その奥の事務棟のロビー、そして中庭へと視線が抜ける、県民に開かれた県庁舎。旧来、権威の象徴であった庁舎建築が、自分たちのものへと変わった瞬間である。
近代建築をいかなるかたちで日本に着地させるべきかを問うた伝統論争の最中で、丹下健三は、その可能性を坂倉準三「パリ万国博覧会日本館」に見出す。桂離宮に見る「柱梁」の表現の可能性を、前川國男事務所時代の「岸記念体育館」「広島ピースセンター」「(旧)東京都庁舎」と追及し、その到達点が香川県庁舎である。センターコアシステムの採用により開放的なガラス面を獲得し、日照調整のために張り出したベランダが水平を強調し、それを支える梁が、日本建築の木割の美学を現す。かくして、一地方都市の庁舎の建物が、後の庁舎建築のプロトタイプとなる。そこに関わった人たちの並々ならぬエネルギーと執念がかたちとして、空間として結実した、20世紀後半を代表する世界的建築家丹下健三の代表作となる。
大学入学とともに建築を学び始めた頃、建築学科の先生は、ぼくが香川出身とわかると「香川は建築どころだね。大江先生の香川県文化会館知ってる?丹下さんの香川県庁舎は有名だね!イサム・ノグチさんのアトリエもあるね!流政之さんのアトリエもあるね!ジョージ・ナカシマさんの家具をつくってる桜製作所もあるね!」。恥ずかしながら初めて耳にする名前ばかり。
建築を学ぶほどに、時を重ねるごとに、香川が特別なところであることに気付かされ、そして、建築家を志すぼくに、香川に関わった先達の仕事と生き様は、大きな熱量を与えてくれた。
しかし、その状況は、今でさえ大きく変わったとは言い難い。
今年は、世界に誇る香川県庁舎竣工から50年。その魅力を広く一般の方々に伝えるため、講師に丹下健三研究の第一人者 東大の藤森照信教授をお招きし、「丹下健三と香川県庁舎」というテーマでお話しいただいた。藤森氏の香川県庁舎に対する評価は前述の通り、予想以上に高いものであった。
建築士会は、設計者だけではなく、広く建築に携わる人々が、資質を高めあうことを通し、交流を図ろうとする場である。高松支部青年部会は、数年前から「建築」を学ぶことと、建築の魅力を広く伝える活動に重点を置き活動してきた。2009年度の青年・女性建築士の集い 中四国ブロック香川大会を香川の建築の魅力を掘り下げ発信する場と捉え、今回の事業はその布石である。メンバーは、「是が非でも会場は県庁ホールで!」というぼくのわがままに皆付き合ってくれ、県庁舎の魅力を何とか伝えたいという県の有志と協同し、貸し出しにこぎつけ、結果、準備段階で関わった人たちへの、事業の意義の拡大と共有へと結びついた。金子正則元知事も丹下健三も、県庁ホールは、「県民に広く開かれたホール」であることを強く望んでいた。
意義深い設えができたことと、積極的な広報活動が功を奏し、当日は定員430名の会場が埋め尽くされ、溢れた。講演会というよりは、ホワイトボードを用いた特別講義のような雰囲気も、藤森氏らしい空気に満ちた。
空港までの送迎の車中藤森氏がこう語った。「30年前に初めて高松を訪れた際、県庁前の通りに、県庁舎に敬意を払ったように建ち並ぶ建築群を見て、近代建築が生み出す光景もよいものだなあと思ったんですよ」。
今回の事業に関わったぼくたちはもちろんのこと、来場していただいた方々、そして周知活動を通じて県庁舎の魅力に触れた人たちは、自分たちの熱量となる何かを得たに違いない。もしそうだとすれば、猪熊さん、金子正則元知事、丹下さん、そして、わが師 山本忠司に対し、少しでも恩返しが出来たのかなあと思います。
最後に、各々今回の事業に意義を見出し、積極的に献身的に動いてくれた高松支部青年部会のメンバー、TTCのメンバーに深く感謝します。本当にありがとうございました。来年の中四国ブロック大会をさらに意義のあるものとすべく、一致団結、誠心誠意がんばりましょう!
(記:高松支部青年部会 林 幸稔) |
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